isoshman
回答14件
良いと思います!同い年なので興味あります。自分も最初にいた会社ではパワハラにサービス残業の嵐でした。
訴訟問題に発展すると、個人では抱えきれないかもしれませんが、人生を賭けてチャレンジしたいのなら、止められません。頑張ってください。
公開することで気が晴れるのなら止めはしませんが、他の方も仰られているように訴訟のリスクがありますので、そこまでしてやるべきものかと。 そもそもの話として、人って他人に起きた災難を真面目に捉えることってほとんどありません。 今世界中に起きている問題て、全員が当事者意識を持って取り組めば解決するものばかりですが、残念ながらそうはなっていません。 何を目指されているかは分かりませんが、まぁ意味ないからやらない方がいいんじゃないの。 って感じです。
目的は何なのでしょうかね?何か賠償金などを期待しているのであれば、一定の年数(確か3年)経過したものは時効ですし、逆に名誉毀損で訴えられてしまうリスクがあるように思います。
事実について、どう思いますかと質問したらの回答でした。 やはり腐ってる人間ほど主観が強い傾向にあると改めて理解できました。 レベルとか。(笑) レベルね。(笑)
人権すら踏みにじられて悔しかったり、しんどかった気持ち とてもわかります。私から言いたいことは2つ 1つは暴言を公開するなら、 万が一、バズってしまったときに社名がバレたら訴えられるリスクがあります。 会社名を伏せたらブラック企業の実態を世間にさらせるし、 運が良ければお金も稼げるし一石二鳥かと。 でも、成功しても失敗してもそういうことは、あなたが味をしめるほど世間は冷めてしまうでしょう。 社名を伏せるなら別に労基に訴えるとかではないので、あなたの自由だと思います。 でも、やるなら1発勝負で二番煎じはやめましょう。 どちらにしても失敗するかむなしくなるだけです。 もう1つは、リスクを冒して録音記録を公開するより、口コミサイトに投稿しましょう。 理路整然と、中立的に良い面も悪い面も、事実を自他ともに個人が特定できないように書く(役職も書いてはいけません。教育役とかボカシましょう) そうやると、わりと投稿が削除されずに長く残ります。 悪い面がはっきり書いてある投稿が長く残ると昨今の企業は物凄く困ることがあります。そうして削除リクエストに基づき、投稿が消されるか、最終的には運次第ですが、音声を公開するより、長くしっかり残る可能性がある上に、新たな被害者となる新卒者や転職者を減らすことができます。 あとは気が済んでも済まなくても、 今の自分がどうやったらもっと楽しく人生を過ごせるかを考えましょう。 ただしこれは恨みを捨てろということではありません。 心の焼却炉の火は落とさずに、 けれども、あったことを心に落とし込むことを是としてください。 すぐに恨みは消えないと予想できます。 ただ、人は良いことと悪いこと両方を認めて前に進むものだと私は思います。 ついでに、うんこの中から金を製錬するくらいの心持ちで悪い思い出からの学びを製錬してください。 それはあなただけの貴重な学び・経験となるはずです。 そうして社会的には少しずつでいいので、人を大切にしてみるといつか大切にし返してくれる人に出会えるかもしれません。 言いたいこと3つでしたね。すみません。
違いますねえ。家族を実際に殺されたら、加害者に苦しみながら死んでほしいと願うでしょう。それが人間ですよ。ならば、その加害者が存命であるなら、何が最もダメージを与えられるか。 私は集団リンチを受けたこともあります。私には非が無いのに。 知っていますか。 当人よりも家族にダメージを与えると、そいつらの人生を破壊できるまでにダメージを与えると、同じ仕打ちをした利息分を払ってもらえると。 考えてみてください。加害者の氏名住所がわかっていて会社の名前がわかっているから名誉棄損にはならないのです。会社は見過ごしましたし、会社内で事はそもそも見過ごすのなら、監督責任もあるでしょ。少なくとも名目上は。それを放棄し続けた結果です。 ついでにそいつらの子供や孫が物事の分別がつくまでに成長出来て且つ就職して間もないか、就職活動転職活動が年齢的にスムーズにいく10代20代半ば前後なら何度も就業妨害してきた頃の思いを理解してくれるでしょう。 誰が会社名を伏せるとか実名や家族名を伏せるとか書きました?時間経過とともに、消えないという実績をもってという事であれば、いよいよ履行可能というわけです。
私は賛成です。 あなたが経験してきた「大変な思い」は、単なる苦しみではなく、この社会の構造的な課題を映し出す鏡です。 それは、誰もが経験できるものではなく、だからこそ貴重な「価値」がそこにあります。 政治の失策も、企業の不正も、そして社会の冷淡さも―― それらに十分に向き合わないこの国の姿勢は、今なお多くの人を傷つけ続けています。 あなたの言葉に目を背ける人も、嘲笑う人もいるかもしれません。 けれど、その言葉はきっと、同じような苦しみを経験した人たちに届きます。 あるいは、世代を超えて、心を寄せる誰かがいるかもしれません。 「過去の記録」を公開するという行為は、ただの暴露ではなく、 “歴史を証言する”という強い覚悟が伴うものだと思います。 それが未来の誰かの力になるのなら――私は心から応援します。 どうか、ご自身のペースで。 そして、あなたの声が届くべきところへ届きますように。