何故、鬱病になる社会人は減らないんですか?

質問です。
僕は社会人一年目のものです。地銀につとめております。

僕の周りで早速二名の新卒が会社に来なくなりました。
また、一人は話しても反応がなくなりました。恐らく、彼も会社にこなくなるでしょう。

上司に聞いてみても、毎年出るようです。
これに対して何も取り組みはしないのか?と聞いても、それを踏まえて新卒を採用しているとのことでした。

これって、おかしいと思うのですが、他の企業もこんな感じの対応をしているのですか?
どうして減らないのでしょうか?

自分も皆に連絡を取ってみてはいますが、全く返事が来なく…。
何も出来ない自分が悔しいです。

社内体制新卒

ユーザー名非公開

回答 13件   応援 1

ユーザー名非公開1

精神疾患向けの薬で売り上げを伸ばしたい製薬企業と医師会がタイアップしているからです。

それまではうつ病の定義に引っかからなかったような症状の人間に対して「新型鬱病」とマスコミを通じて報道

そういう報道を知った人間が「もしかして私これに該当するんじゃないの?」と病院へ、

医師は「鬱病で薬を処方します」

こういうサイクルにて減るどころかむしろ増加の一途なのです。

難しい質問ですが、個人的には、他国と比べて日本がリセットが利かない、やり直しが効かない社会であるというのが最大の原因だと思っています。

日本の法律上、正社員を簡単に解雇出来ないのでその分会社も新しく人を採用するのに慎重になります。
若い内は転職出来る可能性がありますが、40代、50代になると余程優れたスキル、実績がないと自分の勤めている会社と同等以上への転職はほとんど不可能になります。
そこに、家のローンや子供の教育費が入ってくると、仕事でどんなに嫌なことがあったり、理不尽なことがあっても簡単に会社をやめられなくなります。
嫌なことを我慢して、我慢して、我慢しきれなくなると人はうつになるのだと思います。
後は、日本市場が縮小傾向で仕事内容、ノルマのハードルが上がっていることや、日本人の精神性(自己犠牲を厭わない)も関係あると思います。

そしてこれも悲しいことですが、メガバンク等の一部企業はドロップアウターを見越して、新卒者を大目に採用する傾向がある様です。

そういった状況をおかしいと考える質問者さんは優しい感性を持たれている方だと思いますが、中々日本の仕組みを変えるのは難しいと思うので、自分の出来ることをやるしかない(困ってそうな人がいたら率先して手伝う、後輩にはなるべく自分の知識を丁寧に伝える等)のかなと思います。


明らかに「おかしい」ですよね。でもパワハラが無くならない会社は大抵こんなんだと思います。我慢して残る人が多いので反省しないし自然淘汰も進まないんですよね。まず治らないくらいに思ってた方が良いんじゃないでしょうか。
普通の会社はたくさんありますので、水が合わないようなら早いうちに辞めといた方が、本人にとっても、社会にとっても良いと思います。大切な自分の人生ですからね。

ユーザー名非公開2

精神的に病んでしまう原因は様々だとは思いますが、まずは管理職がきちんとマネジメントしていないことは確かでしょう。

それを棚にあげているのは、論外だとはおもいます。

似たような企業もあるとはおもいますが、きちんと対応しようとしている企業も多いと思います。

ただ、メンタルヘルス対策をとっていても精神的に病む人が出てしまうことはあります。
あとになると、予兆があったなと気付くものです。

あなたが、気になって声をかけているのはとてもよいことだと思います。が、それを気に病んであなた自身が壊れないようにしてください。
ちなみに、病んでいるときはメールの返答はまずできないと思います。話すことすら億劫になるので。

産業医とかがあるならば、そこに報告してもよいとは思います。自分で手が回らないとこまできたら、誰かに頼めばよいと思います。

ユーザー名非公開3

転職しにくい社会だからでしょうか?

この会社が合わなければこっちに行こうということがやりづらいですよ。

正社員の方が給料いいし、転職繰り返すのは能力ないと出来ないはずですが、多いと評価低くなるという…

小さな会社を経営しております。プログラマーです。

IT業界はたぶん銀行よりもひどい状況ではあります。
お答えとしてはマイクロマネジメントだとかノーテンキな目標設定だとか思います。

それらは、そんなに上席の管理職や経営者でなくても管理できる部分だったりしますので、質問者様はまずはご自分の健康には気遣っていただく必要はあるのですけど、ちょっとでも部下ができたら、最高の成績を残業なし・全員有給全消化でやってのけて、生産性の向上ってのはこうやるんだということを周囲に示していただきたいところです。

私の周囲では気を病む人って結構優秀で「なんだ、できる人ではないですか。」という感じが多かったです。仕事ってだいたいうまくゆかないわけでして、事実そのものがネガティブなインパクトがあるわけですから、あえて言う必要なんて何もないです。一日一回は笑わせ、勇気づけ・励まし(エンカレッジ)を中心におだててれば、そもそもよくできる人たちばかりなので、そのうちうまく回る、という感じで、今も仕事をしています。

ユーザー名非公開4

法律的な所や倫理的は所を考えないで極端な話をすると、
社員全員の給料を削って鬱病対策に予算を注ぎ込むのと、
ある程度鬱病の人が出るとして、その辞めた分を今働いている方の給料に還元するとしたら、
より多くの人が喜ぶのはどちらでしょう?

社会団体ではなく企業であればより多くの社員が幸せになることの方が優先順位高いんじゃないかなーと思いました。

世間的な常識論や質問者さんの会社への意見などは、ほかの方が答えているので、あえてKYかもしれませんが、
>何故、鬱病になる社会人は減らないんですか?
このことへの、本質的な理由について、あえて論じたいと思います。

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・会社というか、産業的なものの中での生き方というのが、そもそも我々にとって自然でないためです。ある種の呪いみたいなものだと思います。


ちょっとわかりにくいですが、自分が本質だと思ってることを書きます。

「あるサービスとか、物とかを、なるべく金銭的な価値に変え続ける。人との協力の目的はあくまでそこ。そのために工夫し続け、力を尽くす」
というのが、そもそも会社組織というものの本質だと思います。


鬱が消えない理由は、上記が、そもそも人間にとって不自然なのだと思います。
より正確に言いますと、ある割合の数の人に、病的なほど不自然な思考形態なのではないかと思います。そのため、精神にゆがみが出てしまうのではないかと考えています。


具体的にいいますと、何か仕事の上で、会社で問題が起きたとします。
その時に問題とされるのは、たいていは
「金銭を稼ぐ効率性が低い・やり方がおかしい」という話です。
それか、せいぜい「最低限守るべき倫理が守れていない」という話です。


人間は、こういう思考法をいつもいつも取るのが自然な動物ではないんじゃないかと思います。

たとえば旧石器時代には、村の仲間をもっと大事にしようとか、ちゃんと子供大事にしていないじゃないとか、そういうことがもっともっと生活の大部分だったはずで、「狩りや採集の生産性や能力が低い」というのは、非常に周辺的なことだったんじゃないかと思います。

生きること自体を大事にし、生産や消費はそのための手段、というのが当然の人間・生命の本質のはずです。
生産消費の効率性の向上だけを1日の大部分やっていて、その残余の時間は、基本は、その行為のための休息だ、というと、それはなんだか病気になりそうですよね。

まだそういう風になってから、長く見ても数千年、短く見れば数十年~数百年くらいのはずですから、人類と見れば、そうでない自然な生き方が数十万年、数百万年です。生命とみれば数億年です。比較すればまだまだ産業社会はごく一瞬です。
種として適応はまだできないでしょう。



あと、他の方の書き込みで、「鬱が減らないのは日本という一地方の特殊性で、他のところはそうでもない」という前提があるように見えるのですが、これ間違ってます。
DSMといった、通常の臨床上の精神不調の医学的な診断基準で、仕事を原因とした鬱、という風に診断される割合は、先進国比較で行くと、日本は低いほうですよ。全地球的にみると、産業化された割合に従って上がっていきます。
人類にとって、地方的な現象ではありません。産業化そのもののに伴う現象だというのが、当然の推論です。いかがでしょうか。

czy

減らないというより、増加過程にあると思います。仕事の質自体が変わってきて、本来、人間に向いてないことをやるようになってきたからかと。一次産業が主体で体を動かしていた時代には、あまり問題にならなかった種類の問題だと思います。

狭いスペースに押し込めて、四六時中顔を合わせて、何が問われるかと言われればコミュニケーション能力(笑)。物理的に一緒にいなくても、報告しろ連絡しろ数字で示せとネット越しに追いかけてくる。そのストレスが、他人のミスを追及したり、変な精神論でやりこめたり、細かいレベルまでコントロールしようとする方向に行き、真面目な人から倒れていく。我々は、動物園の檻の中の動物みたいなもんです。

(物量的な意味での)生産性が上がったのに、そんなに慌しくストレスを溜め犠牲者を出しつつ働き続けないといけないのか?そうやって社会全体として、自分で自分(達)の首を締めているだけではないか? 若者よ、そういうことを考えられる人になってくれ!(笑)

ユーザー名非公開5

うつ病が減らないのは、真剣に働き方を考えていないからです。
仕事の棚卸し含めた適正配分を行わないことからきています。
日本は海外に比べて多様な働き方がてきない社会です。
コンピュータの出現でスピードを求められてそれが原因とも言われてます。
そんなことまでして人間が壊れてしまう社会がおかしいと思わないことも問題です。
日本は本当に考えていかない下手すると日本企業にもういかなくなることも考えるとべきです。
古い考え方に若い人は賛同しないなら、日本の人口も減り、日本企業に日本人がいかなくなるときがくるのかもしれません。

余程反省しないとこの先若い人が犠牲になるだけです。
異常な社会であると自覚し、変えていかないと
この先まずいでしょうね。

別の見方をすると一流大学に入れず、仕事を得られないこともあります。もう一度大学で学び直すことは海外では当たり前です。
途中で学んで優秀な人も出てきます。
日本は遅れています。

ユーザー名非公開6

銀行は将来性無いからよりそうなるのでは?

ユーザー名非公開5

銀行に将来がないというより、銀行の一円単位を毎日あわせて行う作業とかに向かない人は辛いてでしょうね。
資本主義の終わりと限界が来ていると思いますよ。
永続的にものが売れ、売上が上がる思想は、マーケティングでもないことはわかります。
人がやることには必ず限界があります。
その事を踏まえて今の社会の歪みに気がついて変えていかないとダメだと思いますよ。

ユーザー名非公開7

社会人三年目ですが大学で経済学を専攻で学んでいたので回答します

第一に面倒だからというのがあります
鬱に対する対抗策は人によって違うため、何をすれば100点かが得られません。また、その為には所属部署単位で考えなければならないため人事などの手が及びにくく、効果もわかりにくいです。よってそれで残る社員だけ教育すればよい。社には問題はないとするのが楽なのです。

第二に鬱等を無くすためには社全体の協力が必要であるためでしょう。
鬱の原因は前述しましたが人によって違います。給料の不足、人間関係、休日の不足など大きなものから小さなものまであります。簡単に言えばそれら全てを改善出来るならば鬱は目に見えて減っていくでしょう。
しかし、それら全ての改善は人事だけではなくもはや会社全体の改革となってしまうため、全体で変えようという働きが無ければいけません。しかし現在の日本社会では給料の賃上げ要求、休日の要求などを上司に言っても通るわけはなく、その上司は保身に明け暮れるのが関の山です。

簡単ではありますがこういったことが原因かと
社内体制の変更は会社全体が変わろうとしなければ不可能でしょう。

ユーザー名非公開6

銀行の離職率が高いのは有名です。周りが辞めていくことを気に掛けるより、自分が長く活躍できるように努めるべきでは?
内情はわかりませんが、質問者さんさらみた会社の労働環境を知りたいですね。

ユーザー名非公開6

質問に答えていなかった。
鬱になるのは、やはりプレッシャーに耐えれないからでは。
いやなら辞める、無理して働くことは無い、とはいえ転職することに抵抗感があれば、精神的に辛くても頑張ってしまうのかなぁと思います。真面目な人ほど無理してしまうのかもね。

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