社会人は社会に価値を届けないと人としていきていけないんですか?

大学生です。

就活をしているといろんなことを聞かれます。

あなたは将来なにがしたいの?
あなたの〇〇年後はどうなっていたいの?
あなたはなにしているときが楽しいの?
モチベーションの源泉は??
どんなとき幸せ??

わたしは、好きな人と一緒にいて、お腹が空いたらご飯を食べて、一緒にお出かけして、話ができたら、それで幸せなのに。

将来したいことなんて、実現したいことなんてない。

就活の時だけじゃない、社会人歴が積み重なるにつれて、自己紹介としての、あなたはこれまでなにをやってきたのか、を問われ続ける

それを考えると息苦しいです。

自分の家族や、好きな人、親しい友人に囲まれて過ごしたい。

小学生から中高、大学生のときまで、遊んで、部活して、勉強して、周りの人たちとの関わりの中で生きてきたのに、就職するとなると、いきなり、ビジネスとは問題解決で、世の中に価値を提供することだ、仕事を通じて社会貢献することだ、といわれ

これまで社会に価値提供しなくても生きてきたのに
自分の存在が社会に貢献してなかったけど生きてこれたのに

これからは社会に価値を届けないと人としていきていけないの??

世の中に存在価値を認められないの?

なんでみんなそんなにやりたいことあるの?
世の中変えたいとか思うの?

別にわたしはそんなのどうでもいい
自分とわたしの周りの大切な人が幸せに生きられれば。

生きるのってしんどいな

面接悩みキャリア

ユーザー名非公開

回答 3件   応援 0

小さな会社を経営しております。プログラマーです。

ポエムですね。

あなたの幸せは一揃えの財とサービスから成り立っています。最低限でも質問者様の体を作る水分、たんぱく質、糖質、脂質はいったいどこから来るのでしょうね。毎日2000kcalを摂取する必要があります。身の回りにある数々の物はどういう経緯でそこにあって、あなたの幸せを支える人々はなぜあなたに奉仕してくれるのでしょうか。

経済は、多くの場合は交換を通じて獲得されて動いています。商業的な取引は交換後にどちらも満足するような条件での交換です。事後的に双方満足であることと、取引しない自由が必要条件です。この2つの条件が揃わないと長期的・全体的には継続できません。多少は成り立っても継続できないことは「悪いこと」とされています。ただ、生活上の理由から何も提供できない人でも生きてゆくのは必要なので、みんなで集めた資源を分配するのは許そうよ、ということになってるみたいです。私がそう思ってるのではなく、制度がそうなってます。

ですから、ほとんどの人にとって日本に生活保護の人が何人いても、実際はそれほど生活には影響ないのに、なぜだか批難されますよね。何も提供しないのにお金を受け取ることは倫理的に悪いことで、権利であるはずの生活保護ですらお涙頂戴の理由がないといけないみたいになっています。

ただ、社会貢献ってつまり生活するのに交換すればいいので、提供するものは労働力である必然性はないです。
周囲のみんながお金を払ってでも質問者様の幸せな姿を維持したいと考えるならば、幸せな生活をすることで社会貢献をすることも可能ですよ。

ユーザー名非公開(質問者)

jobq53238さん、回答ありがとうございます。

労働力または何かを提供することが重要なのですね

労働力として提供したいと思ってても、
仕事内容でこんな仕事したいとか、この職種に就きたいとか、こんな社会になって欲しいとか
強く思えないのです。
他の就活生がみんな社会変えたいとか、大きいことを言うので、そう言うこと考えてないといけないのかなと思ってそこで悩んでいました。

ありがとうございました。

実際に働いてみると、意外とリーダーシップなんていらないことが多いです。フォロワーシップのほうが大事。
なにせ、仕事をする・交換するっていうのは本質的に他人のためにやるのですよね。

何かをしたい人、課題を抱えてる人、リーダーシップを取りたい人って結構います。上司であれ顧客であれ。
話を聞いて、ははあ、こうすればいいのだな、と理解して、手助けをして課題を解決したり、物資を提供してあげて、それを実現してあげれば、別に自分がどうしたいなんてなくても大丈夫ですよ。

自分で会社を興すと無私の人ではだめらしいですけどね。

ユーザー名非公開1

じゃあ世の中に価値を提供せずに生きていく方法について考えてみましょう。

まず、生きていくには少なくとも、食べ物と着る物と寝る場所を探さないといけません。

自分でそれらを探すのが大変なら、誰かにもらっても大丈夫です。ただ、関係のない人が急にあなたに、食べ物と着るものと寝る場所をくれることはないでしょう。おそらく、それらを貴方に無償でくれるのは、あなたの大切な人(親か恋人か親友)でしょうね。ひとまず、彼らに貰えばあなたは世の中に価値を提供せずに生きていけます。

ただ、この場合、あなたが大切な人にもらった食べ物や着る物、寝る場所は、あなたの大切な人たちがあなたの代わりに、お金を払って手に入れた物でしょう。彼らは、一人一人が人間ですので、あなたにあげるモノを買わずに、自分が遊びに行ったら自分の好きなものを買うこともできます。この場合、あなたは、彼らに贅沢を我慢させていると言うことを自覚して、彼らに感謝しましょうね。

こういう生き方もありだと思います。一般に専業主婦やニートと呼ばれている方々の生き方は、この生き方に近くなります。(専業主婦は、毎日重労働な家事をしているので少し違うとも言えますが、、、)

とは言え私の場合は、大切な人が自分のために何かを我慢するのはできるだけ避けたいですし、大切な人たちが何かをやる時に足も引っ張りたくないので、自分でお金を稼げるように考えますかね。

ユーザー名非公開(質問者)

これまでは私の両親が私を養ってくれています。
感謝ですね

私も大切な人が自分のせいで何かを我慢するのはできるだけ避けたいです。

自分でお金を稼ぎたいとは思うのですが、
これまで将来のこととか考える機会がなくて、
仕事としてやりたいことがわかりません。

そんな風に思える素敵なあなたなら、社会に価値を届け、かつあなたも幸せに感じられるお仕事は山ほどあります。

例えば、あなたが美味しい食事を提供出来るコックだったとして、あなたが作ったものを美味しい喜んでくれるお客さんが居たら、あなたも嬉しいし、お客さんは喜んでくれたので、立派に社会に価値を届けたと言えるでしょう。

あなたが、服屋の店員だったとして、あなたが選んだ服でお客さんがオシャレになって、それがきっかけで恋人が出来てありがとうと言われたら、あなたも嬉しいし、これも社会に価値を届けています。

私は製薬会社に勤めており、私が医師に提案した薬によって何人もの患者さんが救われてきました。これもまた価値を届けている事になりますよね(^ ^)

あなたも幸せを感じられ、お客さんも喜び、お給料を得られる、仕事ってサンタさんみたいな楽しい事なのです。

悲しそうにしている人や、悲壮感漂ってる人は仕事をしてないのです。

世の中には間接的な仕事で、自分の仕事が何の役に立っているのか分かりづらい仕事もたくさんありますが、あなたは自分の仕事がどんな風に社会に役立っているかが見えやすい仕事が向いていると思いますよ♪

ユーザー名非公開(質問者)

>私が医師に提案した薬によって何人もの患者さんが救われてきました。
素敵なお仕事ですね!

確かに、私はなんのためにやってるのか意味が明確ではないことには取り組む意欲が湧きづらいです。
製薬会社のおっちゃんさんが仰る通り、役に立ってる感が見えやすい仕事の方が向いてそうです。

回答ありがとうございました!

無料ユーザー登録
無料で相談を投稿する
カテゴリ
メニュー